社会運動家の、南雲さんに、ひょんな事から
原稿を依頼され私の農業を紹介します。
私は、7人兄弟の末っ子なのですが、正確には私の2歳の時、庭に
ある池と言うより、手洗い場1.5m角の80センチメートルの深さの
池に私の弟が、遊んでいて、溺死してしまい、正確には8人兄弟ですが
私が、32歳で結婚した年に、その池を埋めてしまいました。
私が中学3年の受験を控えている年、12月父が牛小屋の前の仕切り棒(ません)
があり3段に仕切って、牛が首を出せるようになっているのです。
その3段目に、藁すぐりと言う、金具を取り付けて、藁のくずを取り除き
芯の丈夫な幹を、残して藁加工にするのです。その当時は、まだ冬仕事に俵や、縄を
作る為の仕事で、その時に私が学校から帰って父に、進学の事で普通高校に
行ってもいいかね・・・、親父が、一言、お前が普通高校に、行ったら
誰が、やる・・・・、話はそれで終わったんですが、実は学校で3年になると
模擬テスト3.4回あり、1回毎に成績が良くなり最後の模擬テストで4クラスで、20番位になり、先生に普通高校へ、真剣に勉強すれば、受かるぞと言われてその気になったんですが
親父が農学校にいかなければ、末っ子も家を出ちゃえばまずいと、思ったんでしょうね。
それで会話は、終わり・・・、その時私は勉強は嫌いなほうなんで、親父の気持ちを尊重しょうかと・・・・、会話は終わりました。
又続きは、次回に・・・